介護をしていると、親から怒られたり、上手くお互いの感情が届かない日があります。何気ない一言なのに、お互い角のある言い方になってしまい胸の奥へ深く刺さることがあります。
「私は毎日こんなに頑張っているのに。」「どうして介護で頑張っている私が、こんな言われかたをされなきゃならないの?」
そう思ったことがあるかもしれません。実際 私は、何度もありました。
怒りは「嫌い」の証拠ではない
私たちは、怒られると不愉快になったり、嫌われたと感じたり。心の中はモヤモヤしてきます。でも心理学では、怒りという感情は、実はその奥に、不安や恐怖、悲しさ、無力感など、さまざまな気持ちが隠れていることが少なくないと考えられています。
高齢になると、身体が思うように動かなくなる。昨日できたことが今日はできない。物忘れが増える。子供に迷惑をかけている自分が情けなくなる。そして少し先の未来を思っては「この先、自分はどうなるのだろう。」そんな不安を抱えながら暮らしている方も少なくありません。
でも、その不安を上手に言葉にできず、怒りや不満という形で、私たち介護者の前に表れてしまうことがあります。
家族だからこそ 気持ちがあふれてしまう
考えてみると、私たちも子どもの頃、学校では我慢できていたのに、家に帰った途端に泣いてしまったことはなかったでしょうか。
職場では笑顔で頑張っていても、家に帰ると、「今日は疲れた。」と力が抜けることはありませんか。安心できる場所だからこそ、心の緊張がほどける。人には、そんな一面があります。
介護を受ける親にも、同じようなことが起こる場合があります。家族だからこそ、取り繕わず、弱さも、不安も、混乱も、そのまま出てしまうことがあります。
介護者が傷ついていい理由はない
「家族だから怒りをぶつけてしまうことがある。」それは一つの心理です。でも、だからといって、介護者が傷ついていいという意味ではありません。
介護者にも心があります。悲しい日があります。涙が出る日があります。「もう無理。」そう思う日だってあります。だから、親の気持ちを理解しようとすることと、自分の心を守ることは、どちらも同じくらい大切です。
「怒りの奥」を知ること
介護をしていた頃の私も、親の怒りを、そのまま「私への評価」として受け取っていました。
でも今振り返れば、父も母も、怒っていたというより、苦しかったのかもしれない。不安だったのかもしれない。悔しかったのかもしれない。とも思えます。
もちろん、本当の気持ちは本人にしか分かりません。でも「私が悪いから怒られた。」そう思う必要は全くありません。
怒りの奥にあるものを想像してみる
心理学では、表に見えている感情だけでなく、その奥にある気持ちにも目を向けます。
怒りの奥には、「怖い。」「助けてほしい。」「情けない。」「どうしたらいいか分からない。」そんな気持ちが隠れていることがあります。
だからといって、親を理解してあなたが怒りを我慢しなさいという話ではありません。ただ、親の怒りだけを見てしまうと、介護者は自分を責めてしまいますが、その奥にも目を向ければ「私が嫌われたからではないのかもしれない。」そんな新しい見方が生まれることがあります。
あなたに伝えたいこと
もし今日、親の怒りに心が折れそうになったなら、どうか思い出してください。親の怒りは、あなたという人間の価値を決めるものではありません。
介護者は、親を支える人です。でも、サンドバッグではありません。だから、親の心を理解しようとする優しさと同じくらい、自分の心を守る優しさも、大切にしてくださいね。
介護は、一人で背負うには重すぎる仕事です。だから今日だけは、親を責めず、自分も責めず、「今日は本当によく頑張った。」そう、自分に声をかけてあげてくださいね。


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