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親の介護で後悔しないために覚えておきたい【ユマニチュード】

親の介護 ユマニチュード 老い支度

ユマニチュードとは、フランスの体育学の専門家が開発したケアメソッドの一つです。高齢者や認知症患者に有効とされている手法です。以前にNHKで特集が組まれているのを視聴し、とても興味を持っていました。私自身はユマニチュードに関しては、全くのど素人です。ですが、実際に父母の介護をしながら医療従事者の方々の父母への対応を目の当たりにし、ユマニチュードの力を感じました。

ユマニチュードとは?

ユマニチュードは、「見る」「話す」「触れる」という要素を組み合わせて行うコミュニケーション技術です。

・「見る」相手を大切に思っているというメッセージを伝える。水平に目を合わせて、正面から顔を近づけて見つめる時間を長くとる。

・「話す」低めの声や大きすぎない声、前向きな言葉を選ぶことで「安定した関係」「穏やかな状況」「心地よい状態」を作る。

・「触れる」ポジティブな雰囲気でゆっくりと、手のひら全体で広い面積で、なでるように優しく触れる。

相手の目をしっかり見てケアをしたり、優しい声掛けをすることで、不安感をやわらげ、暴力や暴言を減らす効果があると言われています。ユマニチュードは、認知症のケア技法としても注目を集めています。

親の介護におけるユマニチュード

実際に親の介護を数年しましたが、通院、介護の大変な日々の中で、ユマニチュードという言葉や手法は知っていても、自分がそれを理解し実行するまでの余裕がないまま、父母を看取りました。そのことを今、とても後悔しています。一番大変な介護の日々の中でこそ、ユマニチュードを使うべきだったと、痛感しています。

世の中では、親の介護に疲れた心中や傷害などの事件が起こっていますが、そういう事件を見聞きするたびに心が痛むのは、私だけではないと思います。介護はとても大変だからこそ、このユマニチュードが必要なのだと思います。

親の介護は気心が知れているからこそ、難しい面があると思います。親の元気な時の姿を見ているからこそ、知っているからこそ、うまくいかないことがあると、「何で?どうして?」の気持ちが強く芽生えます。そんな時こそ、ユマニチュードを使うべきなのだと、父母がなくなった今、感じています。

私自身の経験としては、親のトイレ介助や排せつ介助に明け暮れました。関節の悪い私にとって、大人一人を抱え動かすことは健常者よりも難しいことでした。しかし
親は、私の関節の事など気に掛ける由もなく、日々私の体は疲弊していきました。夜の排せつ介助も2時間おきであったため、睡眠もとることが出来ませんでした。

結果として、私自身に余裕が全くなく、親に対して優しい言葉をかけてあげることが出来ませんでした。最後に親に言われた言葉は「〇〇←私の名、嫌い」という言葉でした。私自身を娘と把握していない中での、他人に話す内容として聞かされた私の悪口でした。

どうしてそうなったか?

私も最初のうちは、自分で言うのもなんですが、うまく上手に介護をしていました。しかし膵がんであった母の場合には、無くなる2週間前からせん妄が急激に進みました。全く痛がらなかったため、せん妄が進みながらも会話は沢山出来る2週間でした。

母が亡くなるまでの最後のその2週間、母との関係は悪くなりました。それは私が、介護の中で優しい言葉をかけてあげることが出来なかったからに他なりません。私が、介護の中で優しく接してあげることが出来なかったからに他なりません。

ユマニチュードを使うことが出来なかったからに他なりません。

母と話すときは、娘として言葉を発してしまいました。数々の言葉が「なんで?」「ちょっと待ってよ」「私も関節が悪いから大変なのよ」「なんでそういうこと言うの?」そんな数々の私の言葉は、母にとって心地よいものではなかったのです。

そのため、優しく声掛けをしてくれるヘルパーさんの事が大好きになったようで、娘の私よりもヘルパーさんを可愛がりました。ケアマネさんを可愛がりました。
母は、私以外のすべての人を可愛がっていました。

とはいえ、24時間介護をしているのは娘の私です。私はユマニチュードを使えなかったために、私と母の最期の時間は、幸せな時間になりませんでした。

親の介護で後悔したこと

その日々を振り返って思うことは、「見る」「話す」「触る」全てにおいて、私は落第点であったということです。母の目を見てほほ笑むことを忘れていました。母に声掛けをするときには、いつも大きな声になっていました。早口になっていました。穏やかとは程遠い話し方をしていました。母に優しく触れるどころか、ペチっと叩いたことさえあります。

どうしようもない娘ですね。

それに対し、訪問介護の看護師さんは、いつも常にゆっくりと話しかけ、耳の遠い母の聞こえる音量で優しく目を見て話していました。いつも笑顔で母に接していました。ヘルパーさんも母の名を呼び、毎日、母の良いところをいつも褒めてくれていました。「安定した関係」「穏やかな状況」「心地よい状態」を作り出すプロだったと思います。

今振り返れば、介護に関わらず、人間関係において必ず必要なことだとわかります。親だから、家族だから何を言っても分かってくれるはず、なんてことはありません。介護状態であるときにはもちろんの事、介護状態でなかったとしても、常に敬意を持って「安定した関係」「穏やかな状況」「心地よい状態」を作ることは、人として当然の事なのだと思います。

私自身は、父母の介護を終えてから後悔ばかりですが、人生においてこの「ユマニチュード」を意識して生きていくことの大切さを身に染みています。

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